ブログブログ by 友利昴

自分に関する記事を書いたものです。

【書評】京野哲也(編)『Q&A若手弁護士からの相談203問』(日本加除出版)—”ちゃんと”答えてるのがすごい

最近の私ですが、この1、2ヶ月ほど、毎週何かしらの作業の締め切りが来ており、おかげさまで忙しくしています。ひとつBUSINESS & LAWで「法務知財・本音のアウトロー事件簿」という連載を始めたんですが、それに際し、ずっと読みたかったんだけど読めてなかった本を読んだのですがこれが面白かった。

(編)京野哲也『Q&A若手弁護士からの相談203問』(日本加除出版)である。以下目次の通り、企業等の組織で起こり得る、対応に苦慮しそうなトラブル203件に関する法的なQ&A集だ。

若手弁護士からの相談203問

若手弁護士からの相談203問

まず質問のチョイス。生々し過ぎて外部に相談しにくかったり、現代的過ぎてお手本がなかったり、経験則での対処や、場当たり的な対応をしがちなトラブルばかりを選んでいる。エッジが効いている。そしてこれらの問いに対し、極力、多方面の法令や判例に基づいて解説したうえで、どう行動すべきかをなるべくハッキリと答えているのがいい。この手の問題については、解説書自体が少ないし、あったとしても「結局のところケースバイケース」か、あるいはエクスキューズ満載で「つまり、どうしたらいいのよ」となりがちなところ、ちゃんと「答え」を出している本書は珍しいし誠実だと思う。

もちろん、こういう問いばかりだから、必ずしも法律で最終解が出せるとは限らない。そういう「答え」の中には、「いや、こういう対応もあるのでは……」と言いたくなるものもある。例えば「§150 突然有名になった図柄」では「製品に『緑と黒の市松模様柄』を加えたい」という問いに対し、「慎重に対応すべきです」と答えているが、私なんかは「やや慎重に過ぎるな~」「もう少し事例が蓄積されれば解説も変わると思うな~」なんて思ってしまう。

ただそうした疑問的感想も、本書が全編にわたり、努めて法令ベースで、しかも多角的な観点から充実の解説をしているがゆえに、読者としても法的根拠が薄い……というかどうしたって薄くならざるを得ない記述については、自然と自分の頭で答えを考えさせられているからこそだと思う。本書に法的思考を訓練させられてるのである。

203問の中には、みなさんも身近や周囲で見聞きしたことや、体験したトラブルが必ずあるはずだ。そこから読んでみるといいと思います。ちなみに私は、「§14 行方不明になった従業員の退職手続」「§24 社内のケンカ沙汰にどう対応するか」「§25 社内不倫にどう対応するか」「§99 従業員の給与が差し押さえられた」あたりを熟読しました。いや修羅の国で働いているんかい、私は。

ちなみに読みたかったけど躊躇していたというのは、読む前に、コンセプト的に自分が書いてる「知財部さんいらっしゃい」(『発明THE INVENTION』の連載で『知財部という仕事』として単行本化)とか、冒頭の「本音のアウトロー事件簿」とカブりそうだなー。あんまり読まない方がいいのかなーと気にしていたからである。気にし過ぎて思い切って著者のおひとりのronnorさんに相談してしまったくらい。

だけど読んでみたら余計な心配でした。なぜなら私の前記記事には、ほとんど法令や判例の話が出てこないから(笑)。いや威張って言うことではありませんがね。もっと早く読めばよかったです。

(編)京野哲也『Q&A若手弁護士からの相談203問』(日本加除出版)

友利昴『知財部という仕事』(発明推進協会)

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【書評】南原詠『特許やぶりの女王—弁理士・大鳳未来』(宝島社)—マニアックな世界をエンタメに昇華した快作

宝島社さんから、南原詠『特許やぶりの女王—弁理士・大鳳未来』をお贈り頂きました。完全に買おうと思っていたタイミングですみません、ありがとうございます。

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この本は、第20回「このミステリーがすごい!」大賞の栄えある大賞受賞作。特許とミステリーという、ミスマッチな食い合わせが、吉と出るのか、凶と出るのか、なんとも予想がつかない。選評、下馬評は敢えて目に入れずに読んでみたところ、果たして面白くて一気に読んでしまった。

私も普段、企業で知財などの仕事をしているのだが、この仕事の中で一番面白いのは、間違いなく権利侵害してるかしてないかを争う「紛争」だ。しかも訴訟外における当事者間の紛争である。法律的な正しさのみでは勝敗は決まらず、駆け引き、ハッタリ、情報戦、憶測、邪推、隠し玉、政治、プレッシャー、嫌がらせ、兵糧攻め……色んな武器が飛び交うからだ(なのでなるべく当事者にはなりたくはありませんが)。その知財業のトロといえる部分の面白味を、この作品は最大限に引き出している。

著者の南原さん自身、元エンジニアで企業内弁理士として勤務されているということだけど、きっと学者・評論家タイプの専門家ではなく、実務・実業を知っているからこそ書けるのだろうなと思わせるリアリティがあった。

そのうえで、物語としての見せ場、山場の数が多くて、それらを最後までテンポよく描いているので目が離せない。専門的なテーマを選んでいるのに、ここまで引き込ませるのは書き手のセンスとテクニックの賜物だと思う。加えてキャラクターが非常に立っていて魅力的だ。ハッキリ言って、現実の特許業界にはかなり地味な感じの人が多いのだが、それをよくもまぁここまで型破りで突飛なキャラに昇華させることができるものだよ。大賞受賞も納得だった。

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来 南原詠 宝島社

気になったポイントで、かつ私にはあまり客観的に評せないのが、知財用語、知財制度などの専門ネタの頻度と扱いだ。なんか上から目線のイヤな奴の感想みたいになって恐縮だけど、専門的な内容でも「私は」分かるけれども、普通の読者を置いてけぼりにしてはいまいかというのが読んでいて気になった。説明不足では読者が話を理解できないし、かといって説明過多だと読者の気が散るし興を削ぐ。私見では、その点は概ねバランスが取れていて、問題ないように思えた。

というのは、話の筋は、人気VTuber事務所が使う撮影システムが特許権侵害で警告を受けるという内容なのだが、VTuber業界のことも、映像技術のこともまったく詳しくない私が、業界ネタや技術ネタのくだりは何らひっかかることなく新鮮に読めたし、楽しめたからだ。この調子であれば、知財制度に詳しくない人が、法制度に絡むくだりに突き当たっても、同じように楽しめているはずだ。

と思ったら、巻末に「このミス」の審査員の選評が載っており、それによれば専門ネタの難解さは選考にあたっては若干ネックになったようである。うーん。医療モノでも科学者モノでもそうだけど、専門職種系の小説はここが難しい。

VTuber事務所が特許権侵害で警告を受ける話」と書いたが、ストーリー上、正確には専用実施権の侵害になっている。「専用実施権ってなんだ?」と思うはずである普通は。内容を小難しくしないためには、シンプルに特許権侵害の話にした方が分かりやすいのだが、そうすると必然的に話もシンプルになってしまい、複雑なドラマになりにくい。本書では、専用実施権の侵害疑惑であることが、ストーリー上ちゃんと意味を持っている。でも、そうするには、専用実施権とはどんなものかをサラッと読者に伝える必要がある。正確に理解させようとすると絶対にノイズになるので、話を楽しむうえで腑に落ちる程度に分かってもらえるようにしなければならないのだが、そのさじ加減には、書き手の絶妙なバランスコントロールが求められる。

といった難しさをはらんでいる可能性はあるものの、講評に「専門的過ぎてよくわからなかった『から』ダメではなく、『けど』面白い」とある通り、それを十分に補って余りあるほどの展開の巧みさと、魅力的なキャラクター、実務家ならではの感性によるリアリティのある描写で、十分面白いリーガルサスペンスでした。決して読者を選ばない、誰でも楽しめる本だと思います。願わくば、これからも専門・玄人路線に舵を切ることなく、多くの人にとって楽しめる小説を書いてほしいです。ちなみに、南原さんとは今度(3月22日)YouTube「安高史朗の知財解説チャンネル」の企画で一緒にお話ができる予定です。

南原詠『特許やぶりの女王—弁理士・大鳳未来』(宝島社)

オンライン形式のセミナーはどういうテンションでやるのがいいのでしょうね

先日、発明推進協会で「企業知財担当者のためのコミュニケーション術―知財担当者が周囲とウマくやりながら成果を出すための実践的ノウハウ」というセミナーをやって来ました。昨年刊行した『知財部という仕事』をベースとしたセミナーです。コロナ禍の時世で、例によってオンラインですが、発明推進協会のライブ配信講座は、かなり配信環境、配信設備が整っており、大変やりやすかったです。

友利昴 セミナー

しかしコロナ禍で、セミナーの形はずいぶん変わりました。もともと講師をするのは好きなんですが、スケジュールがなかなか取れないのでそんなにたくさんはお受けしてないんです。でも2020年はもともと東京五輪の予定があったので、『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』をもとにした、オリンピック絡みのセミナーがたくさん入るだろうと身構えてたんです。実際、2019年はそのテーマでの引き合いがずいぶんありました。やったセミナーは、オープン形式のものは以下に記していますので見てみてください。

subarutomori.hatenablog.com

ところがコロナ禍になってしまって、2020年は概ねキャンセル。オリンピック自体も延期になりました。後半くらいになると、もう対面セミナーをキャンセルし続けるのではなく、オンラインでやろうという機運が高まってきて、20年後半から2021年にかけて依頼を受けたものは、ほとんどオンラインでやりました。このうち、知財実務オンラインで行ったセミナーはアーカイブが誰でも見られますので、どんな感じか見てみてください。

youtu.be

講師をやる方は、多分、大体皆さんそうじゃないかと思うんですけど、やっぱり受講者の目の前で、対面が一番いいですね。「顔を見て話さないと、どうしても淡々としゃべってしまう」という方が多いようですが、私の場合は、相手の顔を直接見て話さないと、どんどん自分で突っ走ってしまう笑。独演会になっちゃうんだよな。

ただ——これは奇しくも先日のセミナーでも自分で話したことですが——コロナ禍のコミュニケーションに悩む人が多いわけですが、「早くコロナが終わればまたみんな会社に集まれるんだから、今は上手くいかなくてもしょうがないな」などと言ってちゃダメなんですね。コミュニケーションの取り方も、研修のやり方も、ニューノーマルの時代に合わせてアップデートしなくてはいけないのです。

だから配信でも、きちんと受講者の心に響くようなセミナーができるように精進しないといけません。先ほど一人でしゃべっているとテンションが上がってしまうと書きましたが、ただでさえ集中力が途切れがちなウェビナーなんだから、よりテンション高めの方がいいんじゃないか?と思って、敢えてテンションが上がるがままにしているフシもあるんですよね。

ただその結果、ヤバい泡沫候補政見放送みたいになってはいないかというのが心配です笑。10度、20度、30度!スマイル!そんなことはやっていませんがー。

そうじゃなくて、あらかじめつくった原稿を読み上げるくらいのやり方で、努めて冷静に理路整然と話した方が、集中して話を頭に入れてもらえるような気もしますね。そう、ちゃんとした政見放送のように……。(完)

友利昴『知財部という仕事』(発明推進協会)

友利昴『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)

アンブッシュマーケティング

マック赤坂『笑えばハッピー スマイルセラピー 口角10度アップであなたの人生こんなに変わる』(徳間書店)

【検証】アートのド素人が「金魚電話ボックス」事件を語ってみた結果

私は美術館に行くのがかなり好きなのだが、美術的素養がないためアートのことはさっぱり分からない。誰の絵や彫刻を鑑賞しようが、毎回感想はこれである。

「いいねぇ」

これしか言わない。あと「味があるねぇ」バカの感想だ。以前友人の画家が個展を開いたので、ちゃんとアートの分かる友達を誘って遊びに行った。「いいねぇ」しか言えないくせに堂々アテンドする振りをする私を尻目に、その友達は明確に技法的なポイントを捉えて展示作品を過不足なく褒め、評価し、友人を喜ばせていた。帰る頃には「いいねぇ」も出なくなりましたねぇ私は。だが、それでも私はアートが好きである。文句あります?

以下は、その程度の人間が書いた文章であることをお含み頂きたい。

《目次》

  • 1.金魚電話ボックス事件終結
  • 2.それって結局アイデアじゃないの?~江差追分事件の再来~
  • 3.具体的表現同士を比較しよう~透明人間の通話~

 

1.金魚電話ボックス事件終結

いわゆる「金魚電話ボックス事件」と呼ばれる、「電話ボックスの中に水を溜めて金魚を泳がせた現代アートをめぐる著作権侵害事件が終結した。

簡単に言えばこんな事件だ。現代美術家山本伸樹氏(以下「山本」)が、郡山柳町商店街(以下「商店街」)が設置した「金魚電話ボックス」(2014、写真2)は、山本の「メッセージ」(1998、写真1)という作品の著作権を侵害している、と主張。一審では山本が敗訴したが、控訴審で逆転勝訴。そしてつい先日、最高裁が商店街の上告不受理を決定し、山本勝訴著作権侵害認容)が確定したという事件である。

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(写真1:左)山本伸樹「メッセージ」/(写真2:右)郡山柳町商店街「金魚電話ボックス」
ならまち通信社「金魚電話ボックス問題と『メッセージ』」

この手の、イデア一発勝負(とアートを理解しない者には見える)現代アートは、鑑賞するのは楽しいが、独占するのが難しい。著作権はアイデアを保護せず、具体的表現を保護するという原則があるからだ。

したがって、著作権侵害の成否を評価するときには、「表現自体が似ているのか、それともアイデアが似ているに過ぎないのか」(また、あるアイデアに基づく表現をしようとしたときに取り得る表現の幅の広狭から導き出される、表現の創作性の有無、程度)を慎重に検証することが欠かせない。

しかしこの手の現代アートは、ともすればすべてがアイデア一発に見えてしまうから困ってしまう。「メッセージ」と「金魚電話ボックス」も一見よく似ているが、「アイデアがカブっているだけ」とも言えるのだ。だがもし、こうした現代アートのすべてを「アイデアに過ぎない」としてしまえば、芸術として評価されているにもかかわらず、著作権でほとんど保護できないことになってしまい、それはなんだか据わりが悪い気がする。どこかに境界線があるはず(あるいはあって然るべき)なのだが、それを探るのが難しいのである。

一連の裁判も、この点について一審と控訴審で判断が割れたので、なかなか難しいジャッジだったということだろう。

裁判の結論を簡単に書くとこうである。

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