ブログブログ by 友利昴

自分に関する記事を書いたものです。

「断捨離」で商標権侵害とクレームを受けた場合の反論・対処方法は?〈追記アリ〉

<2023/11/23追記『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』でも本件を取り上げています。詳細は以下の記事もご覧ください>

subarutomori.hatenablog.com

今年の春頃から、コンテンツ内で「断捨離」というキーワードを使ったテレビ番組やYouTuber、ブロガーが、「断捨離」の提唱者とされるやましたひでこさんから、「断捨離」の使用中止を要求された、という件がいくつか報告されています。

具体的な要求態様は正確には明らかでありませんが、クレームを受けたYouTuberのMinimalist Takeru氏によると「商標権の侵害及び不正競争防止法違反になる行為」「タイトル、動画内容、ハッシュタグに『断捨離』を使ったコンテンツは削除すること」「断捨離の表示を用いた活動を行わないこと」「10日以内に誠意ある回答がない場合、法的措置を講じざるを得ない」との内容があったとのことです。

 

 結論から言うと、この指摘、要求には法的妥当性が低く、言いがかりの域を出ません。相手方の個別具体的な使用態様にはよるものの、全体的な主張としては、これで本当に法的措置に耐えられるとは思えない。警告テクニック上の常套手段であるブラッフィング(ハッタリ)でしかないと思われます。「断捨離」についてこのような警告を受けた場合、どのように反論すればよいかについて解説しましょう。

形式的に他人の登録商標を使っていても、商標権侵害が否定されるケースがいくつかありますが、この場合は以下の反論がよいでしょう。

「断捨離」は「不要なものにこだわるのを止めて積極的に捨てて整理整頓する」程度の意味の普通名称であり、その意味において使用する場合には、仮に形式的に商品・役務に使用した場合においても商標的機能を果たさず、商標権侵害や不正競争防止法違反には該当しない。

そもそも「断捨離」というのは「概念」として提唱されたものであり、商品名のような、特定の商品や役務を識別するための標識として採用されたものではない。やましたさんは「断捨離」をテーマにした著書を出したりセミナーをされている第一人者かもしれませんが、やましたさんご自身の書籍やセミナーにおける「断捨離」の使用自体、他人の書籍やセミナー事業と識別するための目印というよりは、単に「断捨離」をテーマにした内容の説明という見方ができます。例えば以下の通り。

断捨離とは一言で言うと「モノの片づけを通して自分を知り、心の混沌を整理して人生を快適にする行動技術」ということになります。

これまで15年近く「断捨離」をテーマにセミナーを続けています

やましたひでこ公式サイト『断捨離』

このように、そもそもの入り口から「断捨離」が、特定の商品やサービスの出所とは結び付きにくい「概念」として使用されていたため、普通名称化の進行も非常に早かった(というより、最初から商標的性質を備えていなかったと言った方が正確かもしれぬ)。「断捨離」が、不特定多数によって、前記の程度の意味で使用されている例は、簡単に確認しただけでも以下の通り発見されます。実際に反論する場合はもっと集められると思います。

物を整理する断捨離ブームですが、物だけでなく、身辺を整え、心を見つめながら、囚われているものを捨て去り、自分の自由度を少し広げられるように努力しています。
―鎌田實『1%の力』(河出書房新社)2016年

断捨離で うっかり夫 捨てそうに
公益社団法人全国有料老人ホーム協会、ポプラ社編集部『シルバー川柳6 断捨離でうっかり夫捨てそうに』(ポプラ社)2016年

似合わない服を捨てる断捨離に一時はまっていたわたくし。
―マダムX『マダムXの女子力アップ講座』(ごきげんビジネス出版)2014年

断捨離をはじめ、日本では片づけブームが定期的に起こる。
『女性セブン』(小学館)2011年3月10日号

一時期一世を風靡(ふうび)した、身の回りの荷物や物を思い切って捨てて整理整頓する“断捨離”ブーム。
『女子SPA!』(扶桑社)2018年6月3日

「断捨離」という言葉があるように、やりたいことがあればそれに対して邪魔になる人間関係も、一時的に捨てるのです。

―原田陽平『中卒、借金300万でも年収1億円』(PHP研究所)2014年

 商標権侵害や不正競争防止法違反が成立するには、端的には、「断捨離」を使用することで、「この商品やサービスは、特定の誰か(例えばやましたさん)の管理や監修のもとで提供されているものなのかな」という誤認を生じさせるおそれがなければなりません。

しかし、そもそもやましたさんの「断捨離」の使い方からして、述べたように概念やテーマとしての用法が中心です。さらに、先の不特定多数の他人による使用例からうかがえるように、社会通念としても、「不要なものにこだわるのを止めて積極的に捨てて整理整頓する」という程度の意味・文脈による「断捨離」の使用が、特定の誰かを出所とする商品やサービスであると把握される認識は希薄であろうと考えられます(やましたさんがこの「概念」の提唱者であることはある程度知られている可能性があるとしても)
そうすると、商標権侵害や不正競争防止法違反が成立するということは極めて考えにくいのです。

なお、本件と非常によく似たケースが争われた裁判例として、「朝バナナ」事件というのがあります。「朝バナナ」も、ダイエット法という「概念」として知られ、この概念を紹介した本がベストセラーになり、その本の出版社の登録商標です。その商標権者が、他社の「朝バナナ」を冠にしたダイエット本について、商標権侵害と不正競争防止法違反で訴えたという事案です。本件となんだかとってもよく似た事案ですが、敗訴したのは商標権者の方です。

バナナダイエット法に関する書籍に登録商標「朝バナナ」を使用したところで、それは「書籍の内容を示す題号の一部として表示したものであるにすぎず,自他商品識別機能ないし出所表示機能を有する態様で使用されていると認めることはできないから,本件商標権を侵害するものであるとはいえない」と結論されています。詳しくは判決文をご参照ください(平成21(ワ)657号「朝バナナ」商標使用差止等請求事件)

ところでやましたさんの一連の警告行為が、商標権の普通名称化防止策のつもりであることは想像できます。商標権者にとって、普通名称化防止活動は非常に大事な活動です。しかしながら、普通名称化防止というのは、例えば「宅急便」や「エアロバイク」など、元々ブランドとして認知されていたものが普通名称として誤解されるようになってきた状況を改善しようとすることを指すのです。「断捨離」のように、もともとブランドでもなんでもない単なる概念語ないし流行語を「たまたま商標登録」できたことをいいことに、その独占を目論むことは、その真逆のプロセスであって、普通名称化防止とは言えない。図々しい話である。

また、仮にこれを普通名称化防止アプローチと捉えたとしても、彼女にアドバイスしている代理人が良くないのか、やり方がハッキリ言って稚拙なのです。

通名称化対策の手法として、他人の普通名称的使用に対して、商標権侵害であるかのように警告するというのは悪手です。ビビらせることで一気に解決する可能性はありますが、現状まさに生じているように、使用者の戸惑いや反感、態度の硬化を招く可能性もあります。それが報道やネットで取り上げられて、社会からの反感や反論を招くこともありますし、エスカレートすれば判定請求や確認訴訟で、商標権侵害の不成立が既成事実として認められてしまうおそれもあるでしょう。そうなれば、普通名称化対策など水の泡です。

やましたさんが、本当に「断捨離」を真に効力のある登録商標として確立させたいのであれば、まずご自身の使用態様において、「断捨離」を「概念」ではなく、自他商品識別機能を発揮する態様で使用されることをおすすめします。そして他人の普通名称的使用に対しては、北風ではなく太陽政策を採るべきです。

また、「断捨離」をテーマにした情報発信をしたいみなさんは、一般的な社会通念に基づき、「断捨離」を普通名称だと感じるのであれば、その感覚と認識を大事にして、単に形式的に登録商標であることに対して萎縮することなく、警告を受けたとしても、堂々と使われればよいのです

【2020年6月30日追記】
最近もまだ「断捨離が商標で使えない」的な不安が定期的にあるようなので、お役に立てるよう、投稿後の追加情報を載せておきます。

2020年1月に、特許庁は、やましたひでこ(山下英子)氏が請求した商標に関する審判に関して、

・「断捨離」はやましたのブランドとして広く認識されているとは認められない。

・「断捨離」は新語流行語として社会に定着し、一般的に通用する語として使用されている。

・「断捨離」はやましたの造語ではなく、独創性が高いとはいえない。

 と認定しました。

これは、不要物処分の代行業者が保有する「断捨離 だんしゃり」という登録商標(ちなみにこの登録商標自体も実質的効力は弱いだろう)に対し、やました氏が例によって

「断捨離は私の著名商標」

「断捨離を勝手に使われると、私の業務と混同を生じる」

「私の断捨離に便乗する不正目的の商標登録」

「私の人気に便乗しており、公序良俗に反する」

などと並べ立てて、登録の無効を求めて争った事件の審決です(無効2018-890058号事件)しかし上記の通り、やましたの主張はすべて認められず、けんもほろろに返り討ちに遭って負けたのです。

この認定により、「断捨離」=「やましたのブランド」などという社会認識は存在せず(少なくともそのような認識の程度は低く)かえって「断捨離」=「一般用語」という社会認識こそが妥当であるという発想の正当性が、なおさら強固になったと考えられるでしょう。知的財産権の効力を曲解した安易な警告は、取るに足らない雑音であるとして、断捨離してもいいんじゃないでしょうか(使い方間違ってる?)

以下は、審決の抜粋です。

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友利昴『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ)

エセ商標権事件簿 友利昴

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友利昴 オリンピックVS便乗商法

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