昨年末に発売の『オリンピックVS便乗商法―まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)で、オリンピックのアンブッシュマーケティング規制について論じてから約1年。この1年間、このテーマでの講演や発言の機会をいただくことも多く、「東京オリンピックに一番便乗してるのはお前だ」との呼び声も高い今日この頃です。
アンブッシュマーケティングは、東京オリンピック開幕に向けた現在進行形のテーマであって、出版後も、新しいトピックが刻々と生まれています。
本書である程度追いかけた、アンブッシュ規制の通史的な流れを踏まえて最近のトピックを眺めていると、私は、自分で言うのもなんなのですが、アンブッシュマーケティング規制を巡る社会情勢の変化を敏感に察知できているような気がしています。
今日は簡単に、この1年間のトピックをまとめることで、2020年に向けて、われわれの社会とアンブッシュマーケティングがどのような関係になっていきそうかを炙り出してみようと思います。
目次
1.『オリンピックVS便乗商法』で言いたかった問題提起
『オリンピックVS便乗商法』では、オリンピック組織のアンブッシュマーケティング規制には法的な根拠がないのに、彼らはあたかも法的に問題であるかのようなまやかしの主張を繰り返すことによって、世の中に自粛ムードをもたらしている。そんなムードに流されたままでいいのだろうか?という問題提起をしたわけです。
そのような本の発行後、社会はどのような情勢になっているか。
別に僕がそういう問題提起をしたからではないんですが、「アンブッシュマーケティング規制の緩和~解禁」といえるような方向に、世の中が動いているように思えるのです。
2.IOCの広告規制が独禁法上の問題に(2019.2)
まず2019年2月、これは正確にはアンブッシュマーケティング全般の話ではありませんが、ドイツの連邦カルテル庁(日本の公正取引委員会に相当)が、IOCの広告規制について「優越的地位の濫用」にあたると判断し、改善を求めるという出来事が起こりました。
オリンピック憲章及びこれに基づく各国オリンピック委員会のガイドライン上、「オリンピックに出る選手は、大会期間前後に広告活動を行ってはいけない」とされていました(俗にRule 40と呼ばれる)。2016年に一部緩和されたものの、選手たちの間には、「IOCは、選手に対して優位な立場にいることをいいことに、われわれの自由を不合理に制限している」という不満がくすぶっていました。
日本では、2018年平昌大会時に雑誌の表紙を飾った羽生結弦と宇野昌磨が、通販サイト上でジャニーズばりの黒塗りにされるという事態が勃発(下図)。これはそもそも広告とも言えないのにこんな仕打ちになってしまい、さすが過剰自粛大国ニッポンの成せる技と言わざるを得ませんね。
『NHKウィークリーステラ』(NHKサービスセンター) 2018年2/9号表紙、Amazon.co.jpより
こんなことは確かに不合理だということで、先の通り、連邦カルテル庁は、IOCのルールは優越的地位の濫用であるとの予備的評価を行ったのです。予備的評価を受けたIOCとドイツオリンピック委員会は、具体的な改善策を提示しなければ、本格的な行政指導を受けることになります。そこで、IOCらはこれに応じて、ドイツでの選手に対する広告規制緩和を約束するに至りました。
その結果、今やドイツでは、選手は大会期間中でも広告に自由に出演し、そこでオリンピックに関する挨拶や祝福を述べるのも良し。これまで禁止ワードとされていた『メダル、ゴールド、シルバー、ブロンズ、Winter Games、Summer Games』などのキーワードを広告で使っても良し。オリンピック・シンボルを含まない、オリンピック競技中の写真を使用することも良しとされています。これらは、それまでIOCらがまさに典型的なアンブッシュマーケティングとして禁止していた内容です。
3.ドイツオリンピック委員会は敗訴が続く(2019.3)
さらにその翌月2019年3月、カルテル庁の裁定に呼応するかのように、アンブッシュマーケティングを巡る裁判でドイツオリンピック委員会が敗訴します。あるアパレルメーカーが「オリンピックにふさわしい」というキャッチコピーに、金メダルを掲げるビジュアル、五輪カラーの装飾を使ったアンブッシュマーケティングを行い、その是非を巡って争われた裁判です。連邦司法裁判所は、この広告を合法と判断しました。
実はドイツではこの他にもアンブッシュマーケティングの適法性を認める判決が複数出ており、「オリンピック割引」「農場オリンピック」などの表現も合法と認定されています。
問題になった広告。Openjur "Olympiareif Case"(BGH, Urteil vom 07.03.2019 - I ZR 225/17)より
4.日本ではアンブッシュマーケティング規制法は制定されず(2019.3)
同じ2019年3月。日本の国会では、日本維新の会の清水貴之議員が、国会審議で「日本ではアンブッシュマーケティング規制法は考えていないのか?」と質問し、内閣官房東京オリパラ推進本部事務局が「その通りでございます」と、現行法の枠内で対応していくと明言するという出来事がありました。日本でアンブッシュマーケティング規制法を立法しないことは、既に2018年3月の時点で政府としては既定事項だったのですが、改めてこの方針が確認された形です。
2000年以降のオリンピックの開催国では、いずれもアンブッシュマーケティング規制法が立法されたり、それに類する法律が元からあったりするのですが、2020年大会は、この20年間で初めて、アンブッシュマーケティング規制法のない国でのオリンピックということになります。
ちなみに2022年冬季五輪の開催国である中国、2024年大会のフランスでは既にアンブッシュマーケティング規制法が制定(再整備)されています。2026年冬季大会のイタリアにはまだないようです。
5.東京大会組織委員会の態度が軟化(2019.5)
2019年5月、東京大会組織委員会のブランド管理部長・池松州一郎氏が、アンブッシュマーケティング規制に関する朝日新聞の取材に対し「『スポンサーに悪影響を与えない』『特定の利益を生まない』『五輪の機運の盛り上げに資する』と判断できる場合は、指摘しない場合もある」と回答しました(『朝日新聞』2019年5月25日付)。
東京大会のアンブッシュマーケティング規制の最高責任者といえる同氏が、このような発言を公にしたことは注目に値します。僕は思わず紙面をコピーして部屋の壁に飾るところでした(未解決事件の関連記事で壁を埋め尽くす狂ったアメリカの刑事みたいだからやめました)。
6.オリンピック憲章が改正~選手の広告出演が原則解禁(2019.7)
2019年7月。2月のドイツの優越的地位の濫用事件を受けて、オリンピック憲章が改正されます。これまで、「原則禁止」だったオリンピック選手の広告出演が、「原則として許容される」という立て付けの条文になったのです。カルテル庁の指導が契機とはいえ、真逆のルールになったというのは、結構衝撃ではないでしょうか。
「オリンピック憲章」第40条付属規則(2018 / 2019)より
7.ラグビーワールドカップでのアンブッシュマーケティング(2019.9)
2019年9月、記憶に新しいラグビーワールドカップが日本で開催されました。ラグビーワールドカップも、オリンピックの真似事をしてアンブッシュマーケティング規制をやりましたが、メディアの論調としては、批判と困惑を報じる記事が目立ったと思います。
「ラグビーW杯なぜ自由に使えぬ スポンサー保護 PRの足かせに」(北海道新聞)
「ラグビー『W杯』使えない? 盛り上げ、歓迎どうすれば…」(岩手日報)
「『ワールドカップ』使わないで 組織委要請…盛り上がり大丈夫?」(東京新聞)
私も東京新聞の記事ではアンブッシュ規制に批判的なコメントを出したので、煽った当事者の一人ともいえますが…。
しかし、結局フタを開けてみるとラグビーW杯にかこつけたアンブッシュマーケティングが結構横行していましたね。もちろん、合法なアンブッシュの話ですよ。一番笑ったのは、栄えある東京オリンピックゴールドスポンサーであるアサヒビールのグループ会社・ニッカウヰスキーが、ツイッターでアンブッシュマーケティングをやっていたことです。
これ、2020年に他のビール会社がアンブッシュマーケティングしてきても怒れないんじゃないの?(笑)。ハイネケンには是非トライしてほしいぞい!
何やら今夜と明日は、日本とアイルランドのウイスキーを飲み比べしたい気分じゃよ!
— ニッカウヰスキー【公式】 (@nikka_jp) September 27, 2019
「ブッシュミルズ」は北アイルランドで400年以上の歴史を持つ蒸溜所!モルトにこだわり続け、軽やかな口当たりとともにモルトの味わいをしっかりと感じられるのが特徴じゃ!皆にも是非トライしてほしいぞい! pic.twitter.com/fZPm3MkcHp
8.JOCのガイドラインが緩和(2019.11)
2019年11月、JOCの理事会で、東京五輪開催期間中の日本代表選手の広告出演について、事前申請のうえ、選手の個人スポンサーにも認めることが決議されました。これは、7月改正のオリンピック憲章を踏まえての決定です。2020年大会では、非スポンサーのCMでも日本代表選手の雄姿が見られそうですね。なお、既に、少なくともアメリカとオーストラリアでも、選手への広告出演規制を緩和する、国内オリンピック委員会のガイドラインが発効しています。
さらに、こんな改善も。平昌大会の時、日本代表選手は、JOCのガイドラインのせいで所属校・所属企業による公開形式の壮行会を開けなかったという悲しい事件がありました。この事はかなり物議を醸しましたが、この問題も整理され、既に壮行会の実施に問題なしとされていた学校に加え、企業も、所属選手の壮行会などを公開形式で行ってよいとされました。
これらが、2019年のアンブッシュマーケティング規制を巡る社会の動きです。どうでしょう!アンブッシュマーケティング解禁の流れになってきていませんか世の中は!まだ自粛した方がいいと思っている法曹関係者、広告関係者もいるかもしれませんが、果たしてそれが妥当かどうか。今一度、世の中を見渡して考えてみてはいかがでしょうか。