ブログブログ by 友利昴

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【感想】Re就活 vs リシュ活 商標権侵害事件第1審判決(大阪地裁)《追記アリ》

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間違えるだろうか?
左「Re就活」ウェブサイト、右「リシュ活」ウェブサイト


ちょっと長らく頭の片隅で気にしていた裁判の判決が、立て続けに出たのである。色々やることがあって忙しいんだけど、気になって読んでしまった。

ひとつは「Re就活」(学情)vs「リシュ活」(履修履歴活用コンソーシアム)の商標権侵害事件。どちらも就職支援サービスで、「Re就活」が「リシュ活」を商標権侵害であるとして、使用差止と1億円の損害賠償金の支払いを求めた事件だ。大阪地裁は、侵害を認め、使用差止と44万円の支払いを命じた。被告「リシュ活」側が、判決文含めて経緯を公開している。「リシュ活」側は控訴しているとのことだ。

この事件の実質的な争点は2点だと思う。ひとつは「Re就活」と「リシュ活」が類似するのかどうか。もうひとつは、現実に両サービスの利用者が「Re就活」と「リシュ活」を混同するおそれがあるかどうかだ。検証してみよう。

 《目次》

 

1.「Re就活」と「リシュ活」は類似するか

大阪地裁は類似すると判断した。ちなみに、侵害事件とは別に、特許庁においても両商標の類否が争われたことがあり、そこでは非類似と判断されており、裁判所と特許庁の判断が矛盾している。

もっとも、一般論として、特許庁と裁判所の判断が食い違うことは、実はさほど珍しくない。特許庁が登録を認めたからもう安心」「特許庁が非類似と審査したから絶望だ」と考える人は多いが、どちらも早計だ。両者は判断基準が異なるし、適法に使用できるか否かを決めるのは、究極的には(侵害事件における)裁判所であって、特許庁は使っていいかどうかの判断はしない(登録可否の判断をしている)んだから、裁判所基準を念頭におくのが吉である。

それで、大阪地裁の判断である。商標の類否は、まずは外観(見た目)・観念(意味)・称呼(読み)の観点で比較するというセオリーがある。大阪地裁は、「Re就活」と「リシュ活」は、外観と観念は類似しないが、称呼は類似すると認定した。

外観は見ての通り「活」しか被ってないから違う。観念については、「Re就活」は「再度の(Re)就活」をの観念を想起させ、「リシュ活」は何ら具体的な観念を想起させないからこれも違う。称呼だけは「リシューカツ」と「リシュカツ」で確かに似ている。これは間違ってはいない認定と思うが、この時点でもう2対1なのである。「称呼の類否が最も重要」という伝統的な考え方があることはあるが、伝言や電話の取次ぎで商取引が発注されていた時代の名残りであり、称呼に重きを置きすぎるのは、今となっては保守的過ぎる考え方だ。

その称呼だって、酷似しているとまではいえず特許庁は「リシューカツ」と「リシュカツ」のアクセントの違いに注目し、称呼も非類似としている)ここまでの3番勝負で、総合的に非類似に王手、とするのが妥当だったのではないか。という印象である。

 

2. 両サービスの利用者は「Re就活」と「リシュ活」を混同するおそれがあるか

裁判所は、商標の類否と侵害該当性を判断するにあたり、「取引の実情」を重視する。抽象的、一般的に似ているかどうかではなく、具体的に争われているサービスの取引や、消費者とのかかわりや認知の実態を踏まえて、紛らわしく思われる余地があるかどうかを検討するのだ。

例えば、駄菓子やジュースだったら、深く考えずにポンポンかごに放り込むから多少商標に違いがあっても間違いやすく、マンションや高級車だったら、熟考して購入を決めるからそれなりに似ていても間違いにくい、といったようなことである。特に裁判では、個別具体的な実情にまで踏み込んで検討される。

ところで、この裁判が提起されたとき、日経新聞が事件を報じている。この際、「Re就活」側が、「求人を出す企業で上司がRe就活への発注を指示したときに、部下が聞き間違えてリシュ活に発注する可能性が極めて高い」と主張していることが記事で書かれていた。

www.nikkei.com

私はこれを読んで、「なんという説得力の低い主張だ。これじゃ負けるぞ」と思ったものである。普通、金を払って採用活動の仲介を業者に頼む企業が、そんなウカツな発注はしない。

「おーい、リシューカツに発注しといて」「はい、リシュカツですね!」ポチッ。

んなわけあるかい。そうじゃないだろ。パンフレットなんかも取り寄せて複数の担当者で検討するだろうし、発注書や契約書の取り交わしもあるはずである。

実際、裁判所もこの点は重視し、

「求人企業においては〔…〕文書による申込みを要し、役務のプランを選択し、相応の料金を支払うものであり、新規に正社員を採用するという企業にとって日常の営業活動とは異なる重要な活動の一環として行われる取引であるから〔…〕各事業者の役務内容等を考慮して慎重に検討するものと考えられ、〔…〕称呼の類似性により誤認混同するおそれがあるとは認め難い」

と判断している。正しい認定だと思う。

その一方で、就職支援サービスの利用者は、求人企業だけでなく、求職者側にもいる。求職者にとって就活サイトは、無料で簡単な登録プロセスを経て、誰でも利用できるものだ。それは「Re就活」も「リシュ活」も同じで、両サービスとも、求職者は、慎重なプロセスを経ることなく、気軽に登録できるサービスだ。

裁判所はこの点にも目を向け、慎重に発注する求人企業は、「Re就活」と「リシュ活」を混同することはないが、職を求めて無料で気軽に登録できる求職者からすれば、このくらい似ていれば混同するおそれがあると認定したのだ。この点も含め、総合的に「Re就活」と「リシュ活」は類似し、また商標権を侵害すると結論したのである。

なるほど求職者の視点を持ちだして混同可能性を認定した点は一理ある。求人企業と異なり、求職者側は、それほど深く検討せずにサイトに登録してしまう可能性は、相対的に高いのは確かだろう。

だが、相対的にはそうだとしても、果たして本当に求職者は「Re就活」と「リシュ活」を間違えるほどウカツであると一般化できる話だろうか。

だって、いくら無料の会員登録とはいえ、住所(帰省先住所)・氏名・メールアドレス・学校名・職歴・志望志向など、センシティブな個人情報を入力するサービスなのである。

100%ソックリそのままのロゴを使用したAmazon楽天偽フィッシングサイトにだって、騙されるヤツはいるだろうが、騙されるヤツの方が多いとは到底言えないだろう。それは、自分の大切な個人情報を入力するサイトが、果たして正規のサイトかどうか、自分が本当に目的としているサイトかどうかは、たとえ無料でステップが簡易だろうとも、それなりの注意力をもって確認するのが今や常識だからである。

ましてや「Re就活」と「リシュ活」であり、ロゴのデザインもサイトレイアウトも異なるのである。音の響きが似ているからといって、それだけで間違えて登録するだろうか?

確かに、手あたり次第就活サイトに登録して、どこに登録したんだか分からなくなることはあるし、今、自分がいったいどの就活エージェントを通して面接してるんだか分からなくなることもあるかもしれない。だが、それは手あたり次第登録した結果の混同である。多少サービス名の読みが似ているからといって、登録先を選択し、申し込み(登録)をする場面では、そんなウカツな混同はしないのではないか。

さらに個別具体的な実情に踏み込めば、「Re就活」は、その名の通り再度の就活、つまり、既卒者(第二新卒)向けの就活サイトであるのに対し、「リシュ活」は在学生向けの就活サイトなのだ。求職者という点では同じでも、既卒者向けサービスと在学生向けサービスでは、利用者がカブることはない。

まかり間違って「Re就活」に登録しようとして「リシュ活」にアクセスしたおっちょこちょいの第二新卒がいたとしても、サイトを見たり、遅くとも必要事項を入力する時点で気づくだろう。気づかずに登録まで済ませるような求職者がいたとすれば、その人は本物のバカなので、とてもじゃないが職にはありつけまい。

やはり大阪地裁の判決は、このサービスを利用する求職者の一般的な注意力(と混同可能性)を見誤っている可能性がある。控訴審では、この点をいかに上手に主張・立証できるか(「Re就活」側にとってはそれに反証できるか)がポイントになるだろう。

また、大阪地裁は、ウェブサイトのURLやTwitterのアカウントの部分的な表示(risyu-katsuやrisyukatsu)についての商標権侵害もすんなり認めているが、これらに関しては直ちに商標的使用といえるのかどうかも疑問である。

……長くなってしまいました。もう一件気になっている裁判の判決というのは「金魚電話ボックス事件」なのですが、これについてはこちらの記事をご覧ください。

【2021年12月3日追記】

その後の控訴審において、履修履歴活用コンソーシアム(リシュ活)と学情(Re就活)は和解した。学情が「『リシュ活』と『Re就活』は類似せず、商標権侵害にあたらない」ことを認めることが和解条項に挙げられている。つまり事実上、履修履歴活用コンソーシアム(リシュ活)の逆転勝訴で幕を閉じたといえる。リシュ活は今後もこのままサービスを続ける。

事件の全体像と、和解に至るまでの経過については、履修履歴活用コンソーシアムがプレスリリースしている。

risyu-katsu.jp

【2022年1月14日追記】

弁理士の岡村太一さんのお計らいで、岡村さんのYouTubeチャンネル「ゆるカワ商標ラジオ」にて、「リシュ活」を運営する履修履歴活用コンソーシアム代表理事の釘崎清秀さんのお話をお伺いする機会を頂きました。ありがたい!ありがとうございます。

私はずっと「なんでこんな別に似てもいないものが、訴訟沙汰になったんだ?」という疑問を抱いていたのですが、その経緯・背景から、和解に至るやり取りまで、実にご丁寧にあけすけに語ってくださいました。いやーなんなんでしょうね。とにかく、勝訴的和解、おめでとうございます。お疲れさまでした。

 

ちなみにこちらは最初の挨拶編。釘崎さんが「リシュ活」と別に運営されているフォークソング居酒屋ハナリー島のご紹介編です!

 

長月達平大塚真一郎『Re:ゼロから始める異世界生活 1』KADOKAWA

櫻木信義『商標の類否 改訂版』(発明推進協会)