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画像多数!総決算!東京五輪(2021年)のザ・ベリー・ベスト・オブ・アンブッシュマーケティング!がんばるな、ニッポン!

ここ何年かアンブッシュマーケティングの研究をしてきたが、東京五輪が終わってようやく気持ち的にはひと段落という感じである。

アンブッシュマーケティングを規制しようとするIOCなどの五輪組織と市井の事業者の攻防の歴史『オリンピックVS便乗商法―まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)にまとめたので、読んで頂ければ幸いだ。この記事では、2021年のアンブッシュマーケティングを巡る情勢を記録しておきたい。

《目次》

 

1.改めて「アンブッシュマーケティング」の法的評価とは

前提から述べると、アンブッシュマーケティングとは、オリンピックなどの大規模イベントに乗じたマーケティング活動全般のことである。IOCや組織委などの五輪組織は、長らくこれをすべて知的財産法上問題であるかのように喧伝し、社会を牽制してきたが、誤りである。

国によっては、アンブッシュマーケティングを制限する法律を設けている国もあり、日本でも、組織委が立法を求めてロビイングをしていたが、2018年3月頃には立法化の計画は潰えた。

当初から経産省が慎重だったといわれ、また自民党の支持母体のひとつである東京商工会議所の強い反対が影響したといわれる。最終的に、関係各所の総意として、国民の事業活動や表現を不当に束縛することになり、社会の理解が得られないとされ、また模倣品などについては既存の知的財産法の範囲で対処できると判断されたのだ。

2019年のアンブッシュを取り巻く情勢をまとめた以前の記事でも書いたが、立法化が潰えて以降は、組織委もアンブッシュマーケティングを法律上問題があるかのようなトーンで牽制することは徐々に控えるようになり、概ね「ご配慮」「お願いベース」の牽制を基本としている。

subarutomori.hatenablog.com

それでも、以前に公表された勝手な「ガイドライン」(pdf)には使用を牽制する旨の記載が残っているので、いまだにアンブッシュマーケティングには法的な問題があると考える人もいる。

しかし、それは誤解に過ぎない。以下は、組織委がボランティア・アルバイト向けに配布した資料がツイッター上でリークしたものだが、ハッキリとこう書いてある。

(アンブッシュマーケティングの)行為を中止させる法律的な根拠が薄いため、強制的な退出はさせられません。…行為を行う方がいた場合は、お願いベースでのお声がけ対応を行いつつ、状況をブランチに共有してください。

「法律的な根拠が薄い」。これこそが、アンブッシュマーケティング規制の正しい法的評価である。

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Twitter @tkcproductions 2021/7/21

2.やってみなはれ!商品型アンブッシュマーケティング

アンブッシュマーケティングは、オリンピックの盛り上がりに乗じたマーケティング活動だ。いくら法的に許容されているとしても、オリンピック本体が盛り上がらなければ誰もやらない。

2020年から2021年に1年延期された東京五輪だが、残念ながらその間もコロナ禍は収まらず、われわれは不自由を強いられ続けた。

この状況下では、国民の大半がオリンピックの開催を支持せず、五輪ムードが消沈してしまったのは当然といえる。その結果、公式スポンサーですら、予定していた広告やキャンペーンを見合わせたり、方向転換を余儀なくされてしまった。

金を払った公式スポンサーでさえも五輪を活用したくない情勢で、わざわざアンブッシュマーケティングが出てくることは考えにくい。

……と、思っていたのだが、2020年から2021年にかけても結構面白いアンブッシュマーケティングは散見されたんですね。これだから世の中は面白い。

それらは、コロナ禍が本格的になる以前の2020年初頭には既に仕込まれていたと思われる、2020年の五輪の盛り上がりを見越したアンブッシュマーケティング商品の数々である。

ギリギリで延期が決まった東京五輪だが、その時点で既に生産してしまっていたアンブッシュマーケティング商品は、もう世に出すしかない。

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消沈した五輪ムードからすれば「空振りアンブッシュ」だったかもしれないが、こうした商品に囲まれていると、本来盛り上がっていたはずの五輪ムードを仮想体験させてくれるのでめちゃめちゃ楽しい。

筆者のお気に入りは「ゴリンググミ」UHA味覚糖)と「TOKYO CRAFT 2020ゴールデンエール」サントリー)である。ブラックサンダー「フレーフレーク味」もいいねぇ。なお、サントリー新浪剛史社長は、本来であれば、競技場周辺をサントリー商品でジャックする計画抱いていたとも公言していたから、これはもう筋金入りのアンブッシャーだ。その「やってみなはれ精神」に乾杯である。

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3.がんばるな!反五輪型アンブッシュマーケティング

もう一つの潮流として特筆したいのが、「五輪反対ムード」に乗じたアンブッシュマーケティングの出現である。開幕後は「世論二分」という評価もあったが、少なくとも開幕直前までは、「五輪反対」の方が世間の共感を得ていた。このムードに乗じる「反五輪型アンブッシュマーケティングが見られたのは、おそらく、荒れた東京大会ならではのムーブメントだったのではないだろうか。

その最右翼はP&Mの「中止だ中止」Tシャツだろうか。オリンピック関連の登録商標などは使わずに、実に上手にオリンピックを想起させるビジュアルを採用している。「想起させるが類似しない」デザインは、合法なアンブッシュマーケティングを基礎づけるアプローチのひとつである。

jiji-t.com

この商品はあまりにも話題になり、大手メディアや海外メディアも取り上げたことが背景にあると思うが、組織委が警告書を送りつけていたことが明らかになっている。「大会を容易に想起させる」ので商標権侵害や不正競争防止法にあたるのだというが、述べた通り、想起させるに留まる以上は合法であり、ハッタリの警告でしかない。

その証拠に、P&Mはこの警告を無視しており、組織委はそれ以上の対応をしていない。商品は大会閉幕まで売り続けられた。なおこの件は「東京新聞(2021年7月23日付)が記事にしており、筆者も取材協力している。

筆者のお気に入りは、「反五輪型」とは括れないかもしれないが、サイボウズ「がんばるな、ニッポン。」キャンペーンである。これは感染防止対策としてテレワークが呼びかけられ、多くの企業が対応を迫られた2020年3月6日から年内いっぱいにかけて展開された企業広告だ。「出社や通勤をがんばらせず、テレワークを検討しましょう」「テレワークを活用できる企業が増えれば、どうしても出社しないといけないエッセンシャルワーカーの感染リスクを減らせる」と経営者に呼びかける内容である。

スローガンは、明らかにJOCの「がんばれ!ニッポン!」のもじりであり、アンチテーゼともいえる。キャンペーンの開始時期は、ちょうど、各種イベント開催の是非、五輪延期の是非の議論がされ始めていた頃である。「がんばれ!」から「がんばるな」に、世の中のムードがシフトしようとする機微を確実に捉えて、スピーディに採択された。このスピード感と決断力を評価したい。

がんばるなニッポン
日本経済新聞」2020年3月6日 サイボウズ全面広告

4.おうちで応援!コロナ禍のアンブッシュマーケティング

反五輪の世論が大勢では、正直、2021年の東京五輪が始まっても、今度こそ従来のような豊かなアンブッシュマーケティングは見られないだろうと思っていた。

それはある程度は当たったといえる。筆者は2016年から渋谷の街を定点観測して、五輪ムードやアンブッシュマーケティングの状況をウォッチングしてきたが、リオ大会、平昌大会に比べても、街の五輪ムードは明らかに低調だった。自国・自都市開催にもかかわらずである。

緊急事態宣言下で、どの店も密になるようなイベントは回避しているし、飲食店を中心に営業自粛を余儀なくされているのだから当然だろう。その中にあって、堂々と五輪エンブレムをポスターに使っている飲食店があったので、感動して写真に収めた(これはアンブッシュの域を超えているが、特に何も言われていない模様)。

tokyo2020 友利昴
店名を伏せ字加工しています

ただ、国民の誰もがIOCや組織委のことは支持できなくても、純粋にアスリートの活躍は嬉しい。彼らの事は応援したいという気持ちになった人が多かった。「オリンピックはクソでも、アスリートは素晴らしい」。そういうことである。

大会でのアスリートの活躍が報じられると、徐々に世間も一部では盛り上がり、これに乗じたアンブッシュマーケティングも散見されるようになってきた。

従来、開催期間中のアンブッシュマーケティングは、「開催祝福型」(オリンピック開幕記念セールなど)と、「選手祝福型」(金メダル獲得記念セールなど)が主流だが、今回ばかりは前者はあまり見られず、選手祝福型に偏っていたと思う。

もうひとつ、「おうち観戦」に絡めたアンブッシュマーケティングが目立ったことも、コロナ禍の今大会ならではのムーブメントだろう。飲食店の宅配サービスなどで見られた。

アンブッシュマーケティング
ピザハット「ピザハットのスポーツ観戦パック」キャンペーン

筆者のお気に入りは「肉の十種競技ピザ」ピザハット)と、コーワ「キューピーコーワゴールドα」「バンテリンのCMである。コーワは五輪中継番組でCM枠を確保しており、本物のスポンサーのCMの合間にバリバリのアンブッシュCMを放り込んでいた(下図)点に、攻めの姿勢を感じた。しかし微妙にダサめのコラージュだと思うんですが、狙いですよね? 敢えて……ですよね?

アンブッシュマーケティング
オリンピック 想起
興和「キューピーコーワゴールドα」テレビCM(2021)

一点だけ気になったのは、多くのアンブッシュマーケティングが「オリンピック」「五輪」という言葉の使用を避けていたこと。「オリンピック」「五輪」は登録商標ではあるので、避けるのが無難だとは思うが、使い方を考慮すれば、「オリンピック」「五輪」の語を広告に使うことも可能である

要するに広告で「オリンピック」等の語を使うことによって、その事業者や商品が五輪公式・許諾の下で展開されていると誤解される余地がなければ(「商標・商品等表示としての使用でない」という)、「オリンピック」の語を使うことも合法なのである。

例えば、以下のチラシはその典型だ。このように、「オリンピックを自宅で応援!」という、説明的文章内での使用(「記述的使用」という)であれば、それは文字通り、開催されているオリンピックというイベントを自宅で応援しましょうという呼びかけでしかなく、この店舗が例えば五輪の公式スポンサーであることを示す目印としては機能しない。五輪マークのデザインのもじり方(合法かつシャレたもじりだよな~)も含めて、筆者お気に入りのチラシである。

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店名・連絡先を伏せ字加工しています。

5.棚に上げて!オリンピック委員会が実施したアンブッシュマーケティング

最後に、オリンピック組織側が、他者に対して仕掛けたアンブッシュマーケティングを紹介しておこう。彼らは、オリンピックに対するアンブッシュマーケティングは規制しようとしておきながら、自分は結構、他者へのアンブッシュマーケティングをやっていたのである。身勝手な連中である。

例えば今大会で、オーストラリアオリンピック委員会は、選手村で選手が撮影した「アビー・ロード」のジャケットを想起させる写真をインスタにアップした。明らかにザ・ビートルズに対するアンブッシュマーケティングである。

www.instagram.com

ウズベキスタンの新体操の選手団は、競技でセーラームーンを想起させる衣装でパフォーマンスをし、「ムーンライト伝説」も流した。セーラームーンに対するアンブッシュマーケティングである

www.nikkansports.com

「金にかわってトレンドよ」この日刊スポーツの見出し最高。

組織委員会は、アリアナ・グランデが、自身のアルバム「7 Rings」に絡めて手のひらに「七輪」という日本語のタトゥーを入れたところ、マジックペンで手のひらに「五輪」と書いた写真をツイッターに投稿してアリアナにメンションした。リアナ・グランデに対するアンブッシュマーケティングである。

subarutomori.hatenablog.com

組織委員会会長の橋本聖子は、以前から公式サイトに「オリンピックの聖火とともに生まれて」など、五輪を想起させる表現で自身の政治活動をPRをしており、それで五輪担当大臣にまでのし上がったアンブッシュ大臣である。アンブッシュマーケティングを長年し続けた人間が、組織委員会の長なのである。

アンブッシュマーケティング例
橋本聖子オフィシャルサイト

どうだろう。オリンピック委員会の関係者でさえも、思わず自然にやってしまう適法行為、それがアンブッシュマーケティングなのである。

もし、みなさんが、誰かから五輪へのアンブッシュマーケティング咎められたら、これらの事例を存分に使って反論してほしい。「組織委だって同じことやってますけど?」と。

友利昴『オリンピックVS便乗商法 まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)

DVD「ブッシュマン(コイサンマン)」