ブログブログ by 友利昴

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【書評】南原詠『特許やぶりの女王—弁理士・大鳳未来』(宝島社)—マニアックな世界をエンタメに昇華した快作

宝島社さんから、南原詠『特許やぶりの女王—弁理士・大鳳未来』をお贈り頂きました。完全に買おうと思っていたタイミングですみません、ありがとうございます。

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この本は、第20回「このミステリーがすごい!」大賞の栄えある大賞受賞作。特許とミステリーという、ミスマッチな食い合わせが、吉と出るのか、凶と出るのか、なんとも予想がつかない。選評、下馬評は敢えて目に入れずに読んでみたところ、果たして面白くて一気に読んでしまった。

私も普段、企業で知財などの仕事をしているのだが、この仕事の中で一番面白いのは、間違いなく権利侵害してるかしてないかを争う「紛争」だ。しかも訴訟外における当事者間の紛争である。法律的な正しさのみでは勝敗は決まらず、駆け引き、ハッタリ、情報戦、憶測、邪推、隠し玉、政治、プレッシャー、嫌がらせ、兵糧攻め……色んな武器が飛び交うからだ(なのでなるべく当事者にはなりたくはありませんが)。その知財業のトロといえる部分の面白味を、この作品は最大限に引き出している。

著者の南原さん自身、元エンジニアで企業内弁理士として勤務されているということだけど、きっと学者・評論家タイプの専門家ではなく、実務・実業を知っているからこそ書けるのだろうなと思わせるリアリティがあった。

そのうえで、物語としての見せ場、山場の数が多くて、それらを最後までテンポよく描いているので目が離せない。専門的なテーマを選んでいるのに、ここまで引き込ませるのは書き手のセンスとテクニックの賜物だと思う。加えてキャラクターが非常に立っていて魅力的だ。ハッキリ言って、現実の特許業界にはかなり地味な感じの人が多いのだが、それをよくもまぁここまで型破りで突飛なキャラに昇華させることができるものだよ。大賞受賞も納得だった。

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来 南原詠 宝島社

気になったポイントで、かつ私にはあまり客観的に評せないのが、知財用語、知財制度などの専門ネタの頻度と扱いだ。なんか上から目線のイヤな奴の感想みたいになって恐縮だけど、専門的な内容でも「私は」分かるけれども、普通の読者を置いてけぼりにしてはいまいかというのが読んでいて気になった。説明不足では読者が話を理解できないし、かといって説明過多だと読者の気が散るし興を削ぐ。私見では、その点は概ねバランスが取れていて、問題ないように思えた。

というのは、話の筋は、人気VTuber事務所が使う撮影システムが特許権侵害で警告を受けるという内容なのだが、VTuber業界のことも、映像技術のこともまったく詳しくない私が、業界ネタや技術ネタのくだりは何らひっかかることなく新鮮に読めたし、楽しめたからだ。この調子であれば、知財制度に詳しくない人が、法制度に絡むくだりに突き当たっても、同じように楽しめているはずだ。

と思ったら、巻末に「このミス」の審査員の選評が載っており、それによれば専門ネタの難解さは選考にあたっては若干ネックになったようである。うーん。医療モノでも科学者モノでもそうだけど、専門職種系の小説はここが難しい。

VTuber事務所が特許権侵害で警告を受ける話」と書いたが、ストーリー上、正確には専用実施権の侵害になっている。「専用実施権ってなんだ?」と思うはずである普通は。内容を小難しくしないためには、シンプルに特許権侵害の話にした方が分かりやすいのだが、そうすると必然的に話もシンプルになってしまい、複雑なドラマになりにくい。本書では、専用実施権の侵害疑惑であることが、ストーリー上ちゃんと意味を持っている。でも、そうするには、専用実施権とはどんなものかをサラッと読者に伝える必要がある。正確に理解させようとすると絶対にノイズになるので、話を楽しむうえで腑に落ちる程度に分かってもらえるようにしなければならないのだが、そのさじ加減には、書き手の絶妙なバランスコントロールが求められる。

といった難しさをはらんでいる可能性はあるものの、講評に「専門的過ぎてよくわからなかった『から』ダメではなく、『けど』面白い」とある通り、それを十分に補って余りあるほどの展開の巧みさと、魅力的なキャラクター、実務家ならではの感性によるリアリティのある描写で、十分面白いリーガルサスペンスでした。決して読者を選ばない、誰でも楽しめる本だと思います。願わくば、これからも専門・玄人路線に舵を切ることなく、多くの人にとって楽しめる小説を書いてほしいです。ちなみに、南原さんとは今度(3月22日)YouTube「安高史朗の知財解説チャンネル」の企画で一緒にお話ができる予定です。

南原詠『特許やぶりの女王—弁理士・大鳳未来』(宝島社)