ブログブログ by 友利昴

自分に関する記事を書いたものです。

自撮り写真の著作権すら奪われる? インスタのストーリーも規制? 東京五輪チケット購入・利用規約の問題点

  2019年5月9日から、東京オリンピックのチケットの抽選申込が開始された。同時に「チケット購入・利用規約」も公開されたが、その内容の問題点が指摘されている。

  それは端的に言えば、観客が会場で撮った写真、動画、録音した音声の「一切の権利」が、IOCに移転することが一方的に定められている点だ。そのうえで、IOCは、観客に対し、個人的、私的、非営利かつ非宣伝目的に写真等を利用することは「許諾する」としている(何様なんだ)。また、動画と音声については、観客自身が電子メディアで配信することは許諾しないとしている。

 東京2020チケット購入・利用規約 第33条抜粋

3.チケット保有者は、会場内において、写真、動画を撮影し、音声を録音することができます。また、チケット保有者は、IOCが、これらのコンテンツに係る知的財産権著作権法第27条および第28条の権利を含みます。)について、チケット保有者もしくはその代理人に対する金銭の支払や、これらの者から別途許諾を要することなく、単独で権利を保有することに同意し、さらにチケット保有者は、これらのコンテンツについて保有する一切の権利(著作権法第27条および第28条の権利を含みます。)をIOCに移転するとともに、その著作者人格権を行使しないことに同意します。

 

4. IOCは、前項を前提としたうえで、チケット保有者が会場内で撮影・録音したコンテンツを個人的、私的、非営利的かつ非宣伝目的のために利用することができる制限的かつ取消可能な権利を、チケット保有者に対して許諾します。ただし、チケット保有者は、会場内で撮影または録音された動画および音声については、IOCの事前の許可なく、テレビ、ラジオ、インターネット(ソーシャルメディアライブストリーミングなどを含みます。)その他の電子的なメディア(既に存在するものに限らず将来新たな技術により開発されるものを含みます。)において配信、配布(その他第三者への提供行為を含みます。)することはできません。

 これは、ものすごい規約だ。チケット代を取ったうえで、観客が撮った写真等の権利までむしり取るという話なのだが、道理をまったく感じない。この規約によれば、競技の様子を撮影した写真にとどまらず、一緒に観戦している友達とのツーショットや、自撮り写真の著作権までIOCに奪われることになるのだ。蛇足ながら、揚げ足取りに近いが、「コンテンツについて保有する一切の権利(著作権法第27条および第28条の権利を含みます。)をIOCに移転する」という文言については、「コンテンツ」の明確な定義付けもされていないことから、写真の所有権まで移転対象と受け取れる余地すらある。現像したらIOCに届けに行けというのだろうか?

  一般的に、日本のコンサートや美術館等は、写真撮影・録音禁止としているところが多い。これには、ひとつには会場内の秩序維持のため、あるいは著作権で保護されている展示対象物の安定的な保護のためといった、社会秩序や知的財産権の安定的な保護の目的があり、そのために「主催者が管理する会場での滞在時間において、観客に一定の行動制限を課す」ことには、一定の道理はあるだろう。

  一方、組織委員会は単に会場内の観客に行動制限を課すのではなくて、「観客が保有する財産権を奪う(そのことによって、観客に対し未来永劫に行動制限を課す)」プロセスを採用した。両者の制限の質は、一見似ているようでまったく異なる。ここに何の道理があるというのだろうか。一方的かつ非合理に相手方の財産権を剥奪する契約ともいえる。

  ちなみに、一昔前の日本のブログサービスには、ユーザーが書いた記事の著作権が運営会社に帰属するかのように解釈できる規約がいくつかあったが、ユーザーからの反発や問題提起が多く、今日では概ね淘汰されている。こうした歴史を踏まえると、ある意味、このような規約が我が国の社会通念に反していることは常識の範疇と言え、その中で敢えてそうした規約をつくった担当者の見識を疑わざるを得ない。

 

  それにしても、なぜ組織委は単純に「会場内撮影禁止」ではなく、「撮影した写真等の権利を奪う」という暴挙に出たのだろうか。「撮影禁止」を周知しておけば、そもそも観客は撮影を遠慮するだろうから、得られる結果(写真等が無軌道に利用されることを防ぐ)は近いものになったはずだ。撮影を許可しておいて、その権利を奪うというプロセスは、かなり屈折しているのである。このプロセスを採用した背景を考えてみたい。

  まずそもそもスポーツイベントを撮影禁止にする社会通念自体が存在しないのだろう(この点、あまり詳しくないのですが多分そうだよね)。コンサートや美術館と異なり、会場はほとんど固定席が用意された明るいオープンスペースなので、常識の範囲内での写真撮影が会場の秩序を乱すこと考えにくい。それに、ほとんどすべてのスポーツの試合、競技そのものは著作権の保護対象ではない。撮影を禁じる理由がそもそもないのである。

  実際、過去のオリンピックにおいても、携帯電話、スマホによる写真撮影が一般的になってきた2000年代から、IOCは観客や選手が撮影する写真の扱いについては試行錯誤を繰り返してきたが、遅くとも2012年ロンドン五輪からは撮影を明文的に解禁するようになっている。近年の開閉会式では、選手たちがスマホで写真を撮りながら行進している様子をよく見るが、あれは、IOCの撮影解禁方針を受けてのものである。この全体方針を覆して、撮影禁止を謳うようなスタンドプレイは東京大会組織委員会には出来なかっただろうし、もし撮影禁止の規約にしたら、それはそれで批判の対象になっただろう。

  撮影解禁の方針の一方で、IOCや組織委が気にしているのは、スポンサーや放送権者といった資金提供者との利害調整である。彼らに対する過剰な利益誘導の方針が、観客に過剰な不利益と不自由をもたらしていることが、この問題の本質である。
  まず、選手に対する行動ガイドラインにおいて、2012年のロンドン五輪では、選手の撮影した写真等について、静止画の公表は認める一方、①商業目的での使用は禁じる、②動画・音声の公表は禁じるという方針を定めた。ちなみに、大会の出来事を文章につづる場合も、一人称での投稿は認めるが、三人称(レポート)形式の投稿は禁じるとしている。これはその後の大会でも概ね踏襲されている内容である。

  これは、スポンサー料と引き換えにオリンピックの商業利用権を認めているスポンサー、放送権料と引き換えにオリンピックの放送、報道を認めている放送権者の利益を慮っての措置である。このこと自体、スポンサーや放送権者に対する配慮を厚くするあまり、大会の主役というべき選手の行動に細かい制限をかけて、その自由を奪っている事態を表している。

  こうした規制は、やがて観客にも課せられるようになる。2012年ロンドン五輪のチケット規約は今のところ確認できていないが、2014年冬季ソチ五輪では以下の制約がチケット規約に掲載されている。

①観客は静止画を撮影してよいし、個人的、非商業目的であれば公表してもよい。
②動画は、家庭用ビデオカメラによるものであれば撮ってもよい。
③商業目的で画像、動画、音声の使用は禁止。
④非商業目的であっても、SNSを含めて、動画、音声の使用は禁止。

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2014年ソチ五輪 チケット購入・利用規約 第17条抜粋

  一方、2016年リオ五輪には、観客の撮影する写真等に関する規制は、チケット規約上は何もなかったようである。そして、前回大会である2018年冬季平昌大会のチケット規約は以下の内容である。

①観客は静止画、動画、音声を撮ってもよいが、その知的財産権IOCに帰属する
②観客はこれらのコンテンツの「一切の権利」をIOCに譲渡する
③そのうえで、IOCは観客に対し、写真等の使用権を、個人的、非商業目的の使用に限り許諾する。
④ただし、動画と音声に関しては、SNSを含むインターネット等に送信してはならない

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2018年冬季平昌大会 チケット購入・利用規約 第5条抜粋

 これ、書きぶりも含め、ほぼ東京大会の規約と同様である。東京大会組織委は、平昌大会の条項を、多少日本の法律に引き直してほぼ丸写したのではないだろうか。いずれにせよ、IOCが、観客の撮影した写真等の「一切の権利」を奪う試みは、2018年平昌大会で初めて採用されたものであることがうかがえる。一般的な社会通念のみならず、オリンピック事業においても、歴史の浅い取り組みであり、確立した方針とは言えまい。

  オリンピック組織による、スポンサーと放送権者に対する過剰な利益誘導の方針は、選手壮行会の公開禁止等の過激なアンブッシュ・マーケティング規制や、真夏開催の堅持、競技時間を米国のゴールデンタイムに合わせるなどの歪みを生み出してきたが、ここへ来て、ついに観客が自分で撮影した写真の著作権を含む財産権を不合理に奪うという、超えるべきではない一線を超えて来た感がある。観客が自分で撮った動画を自分のインスタのストーリーにアップしたからといって、それが果たしてテレビ局の利益と競合するだろうか? するはずがない。観客が自分で撮った写真を、経営する飲食店の壁に貼ったからといって、スポンサーの利益を脅かすだろうか? そんなはずはないのである。ましてや、観客の財産権を奪う必要性など何ひとつ存在しない。
 スポンサーや放送権者の顔色をうかがい、過剰に過剰を重ねた忖度をする余り、観客に不当な不利益と不自由を生じさせる組織委の態度は、フェアプレーを謳うオリンピック・ムーブメントの理念をむしろ毀損していると言わざるを得ない。

友利昴「オリンピックVS便乗商法 まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘」(作品社)
友利昴 オリンピックVS便乗商法

∞×知財~ムゲンチザイ~ #1「知財×キャリア」イベントレポート

ここしばらく、微妙にやることが多くて忙しいですが、がんばっております。今日はこれから取材です。『オリンピックVS便乗商法―まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)は、おかげさまで、各地方紙(四国新聞信濃毎日新聞福井新聞など)、『週刊金曜日』(武田砂鉄さん書評)などなど、書評もいろいろ頂けております。
ちなみに五大紙は東京オリンピックのスポンサーなので、オリンピックの内部批評本はあまり取り上げないんじゃないですか?と先日言われたんですけど、紙面内容(報道)とスポンサーシップ(広告)は別だと私は信じていますよ。もっとゴリゴリの五輪批判が繰り広げられている『ブラックボランティア』(本間龍)の書評も朝日新聞に載ってたし。

ところで以前告知もしましたが、2月22日には「∞×知財~ムゲンチザイ~#1知財×キャリア」というイベントを開催してきました。こういうイベントの運営は初めてだったのでどうなることかと思いましたが、チケットも完売し、50人近くのお客さんに来て頂きありがたかったです。ありがとうございました。
今回は「キャリア」をテーマに、現役のビジネスパーソンを呼んで、赤裸々にキャリアヒストリーや職場に対する思いを話してもらうというコンセプトだったため、一部を除いてお客さんには「守秘で」とお願いをしていたところ、皆さま非常に協力してくださり、守秘いただきました。反面、来られなかった方にイベントの内容があまり伝えられていない状況もありますので、私から簡単に差し支えない範囲でイベント内容をご報告しようと思います。

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今回は8人のビジネスパーソンに登壇してもらいました。まず発起人の「ちざたまご」氏から、ムゲンチザイの趣旨について説明し、そこで彼は知財部門のプレゼンスは(ガンダムで言えば)『ガンタンク』だ」(でも本当はもっと可能性があるはずだ)という、対象世代を限定した自虐をかましてくれました。あんまりだ。
ちざ氏は、イベントの発起人だけあって行動力というか人を巻き込む力がすごいですね。彼の発表は、自分が多方面でキャリア経験を積むために、今の職場の社規という障壁をどのように突破していったのか、というテーマでした。今回の登壇者の中で唯一転職していないちざ氏は、会社のルールやチームワークも大事にしていましたね。
二人目は、10年の社会人キャリアで、5回、しかもほぼ異業種の知財職に転職を繰り返しているという転職マスターが登場。本人は職場が定着しないことを悩んでいましたが、「こう働きたい」、「今の職場は違う」と思ったらすぐ行動できる瞬発力は貴重なスキルだと思います。
三人目は、開発マン→知財部員→特許事務所→ベンチャー企業知財支援と、こちらは「職種」を転々としていった話を聞かせてくれました。支援すべきベンチャーか、そうでないベンチャーかを見極めるのが肝だという話が印象的でしたね。アイドルの卵を見分けるプロデューサーみたい。
四人目は、有名IT企業の知財法務を渡り歩いてきた方が、歴代職場の上司や経営者から浴びせられた「至言」を振り返るという発表。レジェンド級の経営者が、法務や知財に何を期待し、どのように接しているかが分かる貴重な発表でした。

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休憩を挟んで五人目。転職した会社が、「家から遠い」、「技術内容が全然違う」、「ハンコを上司に向かってお辞儀をするように斜めに押す社風」だったという慟哭のルポ。まぁ~キラキラした話ばっかりじゃないですよ。最後の話、笑うしかない。
六人目は、安定した職を捨てて中国にわたり、模倣品調査会社で働いたというこれも稀有なキャリアヒストリーを語ってくれました。一日10元(約165円)で生活していたのに、一時期給料の支払もされなかったそうです。これも笑うしかない……(聞いてる方は)。
七人目は、裏稼業との取引も経験した漢が、某独立行政法人を経て、コンサルタントとして活躍するまでのキャリアヒストリーを語ってくれました。一見、脈絡がない、破天荒なキャリアなんですけど、それを繋げているのは、「後悔しない生き方をしたい」というポリシーと、労を惜しまぬ自己研鑽の成果だと分かりました。
最後に私が出たのですが、私は著述活動をしながら知財法務の仕事をしているのですが、「著述活動は副業にあたらない」という論理構成を紹介したり、著述活動がいかに仕事のパフォーマンスをあげるかという、なんか自己正当化みたいな話をしていましたね。

私は今回運営(受付、集金、進行、サポートしてくださったメルカリさんとの連携等)もやらなければならず、どちらかというとそっちが大変で気が気ではなかったですね。疲れました。運営面では課題もありますが、コンテンツとしてはよかったのではないかと、今振り返ると思いますので、やり方は模索しながら、第二弾、第三弾も考えていきたいですね。
最後に、登壇者の皆さま、多大なご支援を下さったメルカリさん、お越し下さった皆様に心から御礼申し上げます!

無限未来(Perfume)

【七輪】東京大会組織委員会がアリアナ・グランデに仕掛けたアンブッシュ・マーケティング【五輪】

東京オリンピック大会組織委員会が、米歌手アリアナ・グランデに対して便乗商法(アンブッシュ・マーケティング)を仕掛けていたので記録しておきたい。

発端は、アリアナがInstagramに投稿した写真だ。自身の新曲「7 rings」にかけて、掌にタトゥーで「七輪」の漢字を彫ったということで、その写真である。可愛いと思う。投稿には「『七輪』は日本語で『小さいグリルキット』のことだ」などのツッコミが入ったりしたらしいが、それもまたご愛敬。

この投稿に便乗したのが東京オリンピック大会組織委員会である。前記インスタ投稿を転載したアリアナの日本版公式Twitter(上記)へ言及する形で、アリアナの投稿写真とほぼ同様の構図で、「五輪」の漢字を掌に書いた写真と共に、「『七輪』じゃなくて... 🤔🤔🤔」と投稿したのである(下記)

これが成功かスベっているかはともかくとして、驚いたのは、この投稿をしたのが、スポンサー以外の事業者がオリンピックに便乗することを異様に嫌い、広告等での「オリンピックを想起させる文言の使用」すら規制するスタンスを採っている大会組織委自身だったということだ。彼らは有名歌手に便乗して、東京大会に注目を集めようとしているのだ。自分がやるアンブッシュ・マーケティングは良いということなんだろうな~。まぁ勝手な話ではある。

組織委によるアンブッシュマーケティング

左/Ariana Grande日本公式Twitterの投稿写真(元はInstagram投稿)、右/組織委のTwitter。構図も寄せており便乗的である。

いや、別にこの件で組織委を「便乗だ!」と責めたいわけではない。むしろこれにより、合法なアンブッシュ・マーケティングは、組織委ですら悪意なく広報表現の一環として公開してしまうほど、クリーンでナチュラルな手法だということが示されていると言えよう。
余談だが、1964年の東京オリンピックでも、当時の組織委は他人がオリンピックへ便乗することを規制する一方、大会の広報活動にあたっては、阿波踊りなどの他のイベントに便乗した広報活動を展開していた。「宣伝会議」1963年12月号には、当時の組織委の広報部長自身の筆により、「金も使わず、少ない人数で、しかもオリンピック・ムードを盛り上げようという欲張ったメイ案」として「全国の郷土芸能祭に便乗して、オリンピックをPRする」と、堂々胸を張る様子が記されている。お祭り会場で東京大会のうちわを配ったりアドバルーンを上げたりしたようである。

他人のブランドやムーブメントに対する便乗は、十把一絡げに悪ではなく、法律や社内通念に照らして許容すべき正当な便乗商法もあるということだ。アリアナ・グランデと東京大会組織委のやり取りは正当な便乗商法だと思う。

そこでアリアナには、組織委のツイートに対するアンサーとして、オリンピック・シンボルにもう2つ輪を加えたマークを描いたタトゥーを増やしてもらい、「not five rings but seven rings!!!!」と投稿してほしいところだ。その時に組織委が「オリンピックに対する便乗商法にあたるので削除してください」と返信するかどうか、見ものである。

友利昴「オリンピックVS便乗商法 まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘」(作品社)
友利昴 オリンピックVS便乗商法

アリアナ・グランデ「thank u, next」(「7 rings」収録)