ブログブログ by 友利昴

自分に関する記事を書いたものです。

『エセ著作権事件簿』補稿2―編み物ユーチューバー事件高裁判決を受けて

 《目次》

 

1.トンデモエセ著作権事件の控訴審判決出る!

『エセ著作権事件簿ー著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』に収録しているエセ著作権事件の中で、最後の判決となったのが「編み物ユーチューバー事件」です*1これが実にトンデモないエセ著作権事件で、一旦は2021年12月の地裁判決で決着がついており、原稿もそれに基づいて書いていました。

まさかこんなトンチキな事件で控訴はないだろうと思っていたわけですが、執筆中に、エセ著作権者側が控訴したという一報に触れ、私は困惑したものです。書籍にまとめるには、せめて控訴審の結果までは見届けるべきではないか……という葛藤もありましたが、本件は『エセ著作権事件簿』で取り上げた事件の中でもトップ5に入る常軌を逸したエセ著作権事件。どうしても収録したかったので、著者の責任において、控訴審でも主要な認定部分が覆ることはないと踏んで、掲載に踏み切った次第です。

そして今般、2022年10月14日に大阪高裁で判決が下り、(上告はさすがにないと信じれば)判決が確定しました*2。もちろん、これがエセ著作権事件だったという認定は維持。おまけに裁判官がエセ著作権者側に課したペナルティは、原審判決の約4倍に膨れ上がった。我が物顔でエセ著作権を振りかざすと、どんな目に遭うかという教訓を含んだ控訴審判決を踏まえて、本事件の補稿を記しておきましょう。

エセ著作権事件簿 感想

2.「編み物ユーチューバー事件」概要

事件の概要はこうだ。手芸品の編み方などを動画で解説する編み物YouTuberのSusanna's Hobbies(以下、スザンナ)が、競合する複数の編み物YouTubeチャンネルに対して、「単なる盗人」「人間としての尊厳を失っている」などと言いがかりをつけ、またYouTubeに対し著作権侵害であると通報・削除請求を行い、動画を削除させたという事件だ(なおYouTubeはその仕組み上、著作権侵害の申告があれば、法的検討はせずに形式的な確認のみで削除を行う)

ところが、これが明らかなエセ著作権であり、単なる競合チャンネル潰しだった。そこで、被害を受けたYouTuberのひとり、yukigoyaが、エセ著作権の行使による動画削除で精神的損害および経済的損害が生じたとして、その賠償を求めて逆にスザンナを提訴したのである。

スザンナ側の常軌を逸した暴走っぷり、著作権に対する壮絶な無理解っぷりと、地裁判決までの顛末については『エセ著作権事件簿』を読んで頂くとして(冒頭部分を載せます)、以下では高裁判決の意義について述べよう。

編み物著作権事件

3.いい加減な権利侵害通報は、罪になる!

高裁判決は、インターネットプラットフォームにおいて権利侵害を通報する者(削除請求者)の法的責任について、プラットフォームが実体的な法的検討をせずに、通報に基づき削除する仕組みを採用していることを前提に、以下のように述べている。

著作権侵害通知をする者が、〔通知者自身が著作権者等であること、投稿者によるコンテンツの使用が法律で許可されていないことを確信していること、通知が正確であること等の…〕注意義務を尽くさずに漫然と著作権侵害通知をし〔…〕結果的に〔…〕著作権侵害に当たらない動画を削除させて投稿者の表現の自由という人格的利益、動画収益化という営業活動による〕利益を侵害した場合、その態様如何によっては〔…〕不法行為を構成するというべきである。(大阪高裁令和4年(ネ)265号・599号判決文)

要するに、正しい権利者が正しく権利行使をすることを前提にした通報制度を悪用してエセ著作権を振り回したり、ろくすっぽ確認もせずに投稿を削除させて、投稿者の利益を侵害すれば、法的責任を問われることをハッキリと説いたのだ。

これ、スザンナのようなエセ著作権者には言うに及ばず、大手の権利者にとっても胸に刻むべき内容だろう。一日に何百件も侵害通報をしている権利者の中には、一件一件丁寧に確認することなく、漫然と削除申立をしているケースもあり、それは別に珍しくないのだ。調子に乗ってめくらめっぽうにバンバン削除していると、いつかしっぺ返しを喰らうかもしれませんぞ。

4.妄想じゃない、彼女は確信犯型のエセ著作権者だ!

もっとも、一般論として、著作権侵害かどうかを見極めるのは難しい場合があるし、誤通報はいかなる場合でも違法、というわけではないだろう。本判決も「(他人の適法な動画を削除させた)その態様如何によっては不法行為を構成する」と留保をつけている。

しかし「ではどのような態様だったら違法になるのだろうか」というボーダーラインを探るうえでは、この判決はあまり役には立たないかもしれない。何せ、判決文で認定されたスザンナの権利行使態様といったらあまりにもヒド過ぎるからだ。誰だって、「ここまでしてりゃそりゃ誰でも法的責任を問われるだろう」と思うはずだ。

実は筆者は、『エセ著作権事件簿』執筆時、諸々の資料や取材を通して、スザンナという人は、無知ゆえに著作権侵害被害を信じ込み、怒りに任せて他人を攻撃するパクられ妄想型のエセ著作権だと考えていた。

しかし、これはどうも違ったようだ。高裁がさまざまな証拠から認定したところによると、実はスザンナは、事件以前に「〔世に言われている〕著作権というのは、本当は著作権として認められないものが多いと思う」「著作権のないものをそもそも著作権と主張するほうが本当は脅しなんだ」などの発言を、YouTubeコメント欄に残していた。つまり「エセ著作権」という概念を、正しく理解していていた節があるのである。

にもかかわらず、同時に、自分の動画の紹介内容と、少しでもカブった後発の投稿動画について、「一分一秒でも早い方が権利が発生している」「法的措置を取る」などと公言し、実際に、同じ編み方を紹介しているだけの複数の編み物チャンネルに抗議のコメントをしたり、YouTubeに侵害通報し削除させたりしていたのだ。言動が完全に矛盾している。

おまけに、動画を削除された投稿者から「どこが著作権侵害なのか?」という問い合わせを受けると、はぐらかして何ら回答せず、YouTubeを通して異議や反論を行おうとすると「異議申し立てを簡単にしてはいけない」「示談しろ」「誠意を見せろ」「それが嫌な場合は動画を削除せよ」となぜか上から目線で執拗に牽制。

さらに相手が弁護士に相談することを示唆すると、「一度痛い目見ないといけないみたいですね」「和解契約結ぶなら話聞きますが?お話ならないなら詐欺で警察にも行けるお話ですが?」などと恫喝したのだ。こうした数々の問題ある言動から、高裁は以下のように認定している。

・本件侵害通知は、いずれも法的根拠に基づかない。
・控訴人〔スザンナ〕は、むしろ動画の著作物性の有無の判断には困難が伴うことをかねてから認識していたことが認められる。
〔他人が、〕控訴人〔スザンナ〕が動画で紹介している編み方と同じ編み方で動画を投稿することを事実上抑止しようとしていたことがうかがわれる。
著作権侵害通知制度を利用して、競業者であるといえる同種の編み物動画を投稿する者の動画を削除することで不当な圧力をかけようとしていたとさえ認められる。

以上から、判決はスザンナのエセ著作権による侵害通知行為の態様について「〔正当性を〕何ら検討することなく漫然と法的根拠に基づかない本件侵害通知を提出したという点で必要な注意義務を怠った過失があるといえるばかりか、〔…〕著作権侵害通知制度を濫用したものということさえできる」と厳しく指摘している。

要するに、無知ゆえに被害妄想的なエセ著作権を振り回していたのではなく、著作権侵害にはあたらないことを認識しておきながら、敢えて、エセ著作権を振りかざして他のチャンネルの運営を妨害していたことが認定されたわけだ。これは無知よりも悪質だ。結論として、地裁判決で認められた損害賠償金約7万円を4倍ほど倍額した約26万円の支払いが命じられている。

5.被害者の名誉が回復することを祈る!

この26万円という賠償金額以上に、スザンナの常軌を逸した言動の数々が、司法判断という形で白日にさらされたことの意義は大きいといえる。このことによって、yukigoyaさんをはじめ、トンデモない濡れ衣を着せられた編み物YouTuberたちの名誉は、ようやく正式に回復されたといってよいのではないだろうか。回復していることを祈るし、スザンナさんにも本当に反省してほしいですね。

なお、26万円という賠償金についてだが、増額されてよかったと思うが、個人的にはまだ安いのではとすら思う。本件のエセ著作権行使の悪辣な態様を考えれば、もっと大きな損害が生じていたと言ってもよいのではないか。

《追記:2023/7/3》2023年1月、スザンナ側が最高裁に上告申立をしたことが判明。2023年6月30日、最高裁が上告を棄却。

ところで、本件と類似する事案として、Amazon.co.jp上で、模倣品でもなんでもないのに、無関係の商標権に基づいて商標権侵害の通報を受けて、出品商品が削除されてしまった枕の販売業者が、逆に通報者を不正競争防止法2条1項21号(虚偽の事実の告知による信用毀損行為)で訴えた「COMAX事件」*3が思い出される。

商品を削除された会社は、「COMAX」というブランドで「枕」を売っていた。通報者であるCOMAX JAPANという会社が保有する商標権も、「COMAX」という商標ではあるのだが、その内容は「ゴム」についての商標権という、かなりデタラメな権利行使であった*4ゴムと枕とでは、天と地ほどの差がある。もっともこのデタラメな侵害通報は、純粋にAmazonのみに対する通報であって、ユーザーから見えるようにレビュー欄に書き込んだり、公にこの枕の会社を罵倒したり恫喝したしたわけではなかった。それでも、信用毀損による無形損害に係る賠償金として、60万円の支払いが命じられているのである。個人YouTuberと、多数の取引先を持つ販売事業を営む株式会社という差もあるのかもしれないが、あのような威圧的で意味不明な主張を多方面で繰り返されたことによる精神的苦痛は、COMAX事件の被害者よりもかなり強かったのではないかとも思うのである。

SNSECサイトなどのプラットフォーマーにおける権利侵害トラブルは、今後も尽きないだろう。プラットフォーマーの採用する権利侵害対策の仕組みが変わらなければ、これからこの手の「虚偽通報」、すなわちエセ著作権をめぐるトラブルや訴訟はますます増えると思われる。本件編み物ユーチューバー事件やCOMAX事件の判決は、先例的価値のある裁判例として記憶したいところだ

というわけで、これで『エセ著作権事件簿』で取り上げた事件は、すべてケリがつきました。なお冒頭で、この事件は『エセ著作権事件簿』で取り上げた中でも五本の指に入ると書きましたが、この他、狂気レベルのエセ著作権を振り回して裁判所を困惑させた事案がいっぱいあるんです。本書では他に、

  • 日本のアニメにパクられた!とアメリカ合衆国政府を訴えた男『ゾディアック・ナイツ2000』事件
  • 字の配置が似ている!コワモテ書家の理不尽訴訟に福山雅治も困惑!?『龍馬伝』事件
  • 狂気!パクられ妄想を天皇陛下に直訴した暴走老人に塩を撒け!『中国塩政史の研究』事件
  • 困惑!タイトルがカブってキレたジャーナリストのカツアゲ訴訟!『父よ母よ』事件

などなど、キョーレツ極まる事件を多数収録しています。ぜひ読んでみてくださいね。ヤバいから。ヤバいヤツいっぱいいるから。狂ってるから。

友利昴『エセ著作権事件簿―著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)

エセ著作権事件簿 友利昴

友利昴『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ)

エセ商標権事件簿 友利昴

*1:出版時点で係属中だったのは、他に「#KuToo事件」と、コラムで触れた「高野隆弁護士懲戒請求書暴露事件」。両事件とも、刊行後に最高裁への上告が棄却され、本で書いた通りの結論で確定した。

*2:阪高裁令和4年(ネ)265号・599号。【追記】2022年11月2日に、被告(エセ著作権側)が上告したの報がありました。えーっ。【さらに追記】2023年6月30日、最高裁が上告を棄却。

*3:東京地裁平成30年(ワ)22428号

*4:正確に言うと、やや複雑な事情がある。「COMAX」は元々海外のブランド枕で、削除された方(原告)も通報者(被告)も、海外のCOMAX関係の別々の会社からそれぞれライセンスを受けて日本で枕を販売していたのだ。つまり原告も被告も「正規品」を売っていたようなのだ。ただライセンサーの許可を得て日本で商標権を保有していたのは原告であり、被告は苦し紛れに?ゴムについての商標登録をしていたようなのだ(この枕はラテックスゴムでできてるそうである)。被告としては「正規のライセンシーはウチだ」という趣旨で削除申告をしたようなのだが、商品は明らかに枕であり、原料のゴムについて商標権を取得しても無意味であり、あまつさえそれを根拠に商標権侵害というのは圧倒的な誤りないし虚偽である。